釈迦に説法

幸せについて考えてみる。

尾崎 豊。

 1992年4月25日、尾崎豊が亡くなったというニュースが流れた。自分の誕生日の翌日の事で、忘れられない日になった。若い頃、彼に夢中になった。”Edge of Street”というファンクラブにも入っていた。何度教室の自分の机に彼の歌の歌詞を書いたか数えきれない。思い切り影響を受けた。そんな時代だった?そうかもしれない。しかし彼の作品と、彼の存在が無ければ、僕の青春はとてもつまらないものになっていただろう。恐ろしく繊細な男。それが彼のイメージ。彼は蝶が怖かった。触ると粉々になりそうで触れなかったそうだ。とても彼らしいエピソードだと思う。今でも彼の曲のほとんどは歌詞を見ずに歌えるし、何歳になって聞いても美しく、違うイメージが浮かぶ。親や先生に嫌われた男。誰よりも素直であろうとして傷ついた男。超絶イケメンであり、切なさの似合う男。本当に生き急いでいた様に思う。30過ぎになったら、どんな歌を歌うのか、楽しみでもあったが、それは叶わない様な気もしていた。彼の歌をカラオケで歌うと、重いだの暗いだの言われたが、それは周りが若すぎて、大切な事に向き合うには早すぎるのだと解釈していた。僕は彼の歌の中に出て来る恋愛に憧れ、登場する弱い女性に憧れていた。現実は退屈に見えるほど、彼の世界は苦しく、美しかった。ロックンロールとバラードと。彼は唯一無二の世界を持つ、色あせない歌手だ。あの素晴らしい楽曲を全て自分で作詞作曲し、美しい声で歌った。彼と同じ時代を生きた事は本当に嬉しかった。彼の影響で変になったと大人達に言われても、子供は美しいものに惹かれていくものだ。今の子供達も、一度聞いてみるべきだとは思う。理解できなくても美しさは解ると思う。昭和生まれのおっさん達の何人かは、尾崎世代なのだ。彼に青春を捧げ、それを幸せに思っているのだ。水彩画の様なガラスに囲まれた世界で、風に吹かれて煙草を吸っている。それが似合う男だった。20代で書いた歌だというのが、本当に末恐ろしくもあり、長くは生きられなかったと思わされるほどの才能だ。歌は歌詞がありきで、美しいメロディーと重なって人の心に残り、時代を代表するものになる。今の時代にもあると良いが、どうなんだろう?自由と愛を歌った尾崎豊を僕は今でも愛しているし、これからも一人でカラオケで歌おうと思う。彼の世界は美しいが、寂しい。人に解ってもらおうとは思わない。自分だけが共感する真実、何も愛せず、なすすべなく失った青春。僕は寂しさを抱える若者だった。多くの友達に囲まれて笑っていても、本当の悲しさは誰にも言えず、寂しかった。人間は悲しい生き物だと知っていた。金ばかりが大きな顔をして、闊歩する世の中が苦しかった。そんな孤独を尾崎豊と過ごしていた。独りじゃない気がしていた。自分らしく生きてて良いのだと言ってもらえている気がした。世界は儚くも美しい。これからもずっと、そのままであります様に。ではまた。

 

  ♪ 遠い空  /  尾崎豊

 

世間知らずの俺だから 体を張って覚え込む 

バカを気にして生きるほど 世間は狭かないだろう

彼女の肩を抱き寄せて 約束と愛の重さを

遠くを見つめる二人は やがて静かに消えて行くのだろう

風に吹かれて 歩き続けて かすかな明日の光に 触れようとしている

風に吹かれて 歩き続けて 心を重ねた 遠い空

 

慣れない仕事を抱えて 言葉より心信じた

かばい合う様に 見つめても 人は先を急ぐだけ

裏切りを知ったその日は 人目も気にせずに泣いた

情熱を明日の糧に 不器用な心を抱きしめてた

風に吹かれて 歩き続けて 立ち尽くす人の合間を 失いそうな心を

風に吹かれて 歩き続けて 信じて見つめた 遠い空

 

風に吹かれて 歩き続けて 立ち尽くす人の合間を 失いそうな心を

風に吹かれて 歩き続けて 信じて見つめた 遠い空