釈迦に説法

幸せについて考えてみる。

大きな玉ねぎの下で。

 こんな記事をネットで見た。「ある日、台所で料理していた母親が、ラジオから聴こえて来た歌を聴いて、突然泣き出した事がある。びっくりして見なかったフリをして二階に行き、夕食の時間になって下に降りると、何気ない顔で飯を食べていた。その時の歌を調べてみると、爆風スランプの”大きな玉ねぎの下で”だった。私の母は、顔に大きなシミがある。かなり目立つ大きさだ。昔何があったのかは知らないが、今、我が家は幸せだと思っている。母に何があったのだろう?知らない方が良いのだろうか。」

 若い皆さんは、ペンフレンドという言葉を知っているだろうか?昔雑誌の読書欄なんかに、友達になりませんか?というコーナーがあって、住所が書いてあった。学生なんかに多かった様に思う。今でいうメル友なのかな?当時はネットが無く、どうしても友達が欲しい人、特に読書が好きな内気な女子なんかは、自分が好きなこの雑誌を見てる事を頼りに友達を探したりしていたのだ。名前はペンネームな事が多く、実際は会わなくても良いのだ。ただ定期的に手紙のやりとりをしてるだけ。思えば人はいつの時代も似たような事をしているんだなあ。僕はこの記事のお母さんには、ペンフレンドがいたのだと思う。ずっと昔の話だろう、きっと。この記事を書いた男の子のお父さんは、その後に出会った人だろう。今お母さんは幸せなのだと思う。浮気をしているわけではなく、ちょっと昔を思い出したのだろう。完全に妄想になるが、学生時代に、顔のシミのせいで内気だったお母さんは、ペンフレンドを探して、その人と顔を合わせる事無く文通していたのだろう。そして楽しいやり取りが続いたある日、好きなアーティストのコンサートに行く事になったと嬉しそうな報告が来た時、事件が起きた。ペンフレンドがいきなり、”あなたも来ませんか?”と手紙とチケットをを送って来たのだ。長く続いた顔も見えない相手との初顔合わせ。気が合うのは解っている。きっと良い人だとも。”会ってガッカリしないで下さいね。待ってますよ。”と書かれた手紙とチケットを固く握りしめた若いお母さんが、家を出て行くタイミングでこの曲のイントロが流れ出すのだ。そんな気がする。

 

  ♪ 大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い~  /         爆風スランプ

 

ペンフレンドの二人の恋は 募るほどに 悲しくなるのが宿命

また青いインクが涙でにじむ 切なく

若すぎるから 遠すぎるから 会えないから 会いたくなるのは必然

貯金箱壊して 君に送ったチケット

定期入れの中のフォトグラフ 笑顔は動かないけど

あの大きな玉ねぎの下で 初めて君と会える

九段下の駅を降りて坂道を 人の流れ追い越して行けば

黄昏時 雲は赤く焼け落ちて 屋根の上に光る玉ねぎ

 

ペンフレンドの二人の恋は 言葉だけが頼みのつなだね 何度も

ロビーに出てみたよ 君の姿を探して

アナウンスの声に弾かれて 興奮が波の様に

広がるから君がいないから 僕だけ淋しくて

君の返事読み返して席を立つ そんな事をただ繰り返して

時計だけが何も言わず回るのさ 君のための席が冷たい

アンコールの拍手の中 飛び出した 僕は一人涙を浮かべて

千鳥ヶ淵 月の水面 振り向けば 澄んだ空に光る玉ねぎ

九段下の駅へ向かう人の波 僕は一人涙を浮かべて

千鳥ヶ淵 月の水面 振り向けば 澄んだ空に光る玉ねぎ

 

 お母さんは行けなかったのでしょう。自分を受け入れてもらえると思えなかったのでしょう。顔にシミがある事を、隠していたのかもしれません。会って正直に自分を見せてみようと思えた、初めての人だったのかも。勇気を出せなくて終わった文通の事など、忘れていたのかもしれません。この歌で、相手の気持ちを初めて考えさせられたのかもね。自分を、どんな気持ちで待っていてくれたのだろう?考えてもいなかった。きっとがっかりさせると解っていた。でも何故、信じてみなかったのだろう。あんなに二人は通じ合っていたのに。こんなに気が合う人、初めてですと、よく書いてくれていたのに・・・。サンプラザ中野さんは、自分達のコンサートの客席がまばらだった頃に、コンサートに来て欲しいと約束した女の子を思い出してこの曲を書いたそうです。本当に昭和の名曲だ。この頃の歌手は、飾らず、ありのままの時代の声を代弁していた。急に成長した日本の中で、お金という得体のしれない物と対峙していった若者たち。まだ人の気持ちの方がお金に勝っていた時代だと勝手に思っています。昭和世代の宝は、歌です。それは本当です。この曲も、昭和世代のお母さんにとってはとても刺さったはずです。この経験で自分に自信を持つ事の重要さに気付いたお母さんは、その後ちゃんと勇気を出して、今のお父さんと結ばれた。そして愛する子供、家族が出来た。そんな幸せな日常にスッと入って来た名曲。切なくなったのでしょうね。ペンフレンドは幸せになっただろうか?怒っていただろうか?今が幸せだから、急に懐かしくなったのでしょう。素敵な思い出なのです。お母さんは何も言わないけれど。

 子供達に知っておいて欲しい事がある。子供の幸せを願わない親はいない。でも、親だって昔は子供だったし、人間だから間違う事もある。失敗も言わないだけでたくさんしてる。失恋も当然してるだろう。でもそれを乗り越えて今のあなたたちを生んで、今が幸せなら最高だ。いずれ解る歳になり、それがまた一つ幸せを運んで来るだろう。たくさん失敗をして、たくさん恋をすると良い。親孝行したいなど考えなくても、親より長く生きられたらそれだけで十分だから。人には誰にも言わず、大切にしている思い出がある。それを見つけてしまった時は、怒る事も問いただす事もせず、そっとしといてあげると良い。当事者しか知らない秘密は、その二人の思い出だ。今の自分を作っている材料のひとつだ。今あなたの近くで幸せなら、それが一番の真実で、確かな事だから。胸が切なくなる思い出があり、それを代弁する歌がある事は、幸せな事だ。

 ちなみに、玉ねぎとは武道館の見た目の事ですよ。先に書くべきでしたね。自分だけの歌を、見つけましょう。ではまた。